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大坂レポート

ゴールデンウィークを利用した、田蓑神社への参拝と共に、今回は大阪城の見学にも行ってきました。

大阪城の建っている地は、上町台地(うえのまちだいち)と言い、縄文時代から重要だった場所です。(森ノ宮遺跡という西日本最大の貝塚が大阪城の近くにあります。)

かつての上町台地は、大阪城のあった場所が岬のてっぺんで、左に大阪湾、右に河内湖、河内湖には旧大和川が流れ込み、大和川を通じて奈良盆地と繋がっています。さらに、大阪城から真下に3キロメートルほど下ると四天王寺、さらに3キロメートル下ると住吉大社があります。四天王寺と住吉大社の左手は大阪湾で、この2つの寺と神社は交易にかかわって創建されたことが伺えます。

河内湖に流れ込む大和川は、奈良盆地から平城京へ繋がり、さらに初瀬川に入ると三輪山の麓まで繋がります。三輪山と飛鳥はすぐ近くなので、それぞれの王権のもとに大和川を通じて魚介類や交易の品が届けられていたと想像できます。さらに、都が京都の平安京に移った後も、河内湖から淀川で繋がっていたので、現在、大阪城のある上町台地がつねに首都を支えてきたことが確認できます。

つまり、大阪城のある上町台地は、大阪湾の魚介類を奈良や京都に運べると同時に、瀬戸内海を通じて九州や四国地方の豪族や、随、唐、高麗などの外国との交易をする交易港の役割を担っていたと思われます。さらに交易における等価の概念、取引における公正さのためには宗教的権威が必要となります。それを考えると、四天王寺、住吉大社、今宮戎神社の重要性もあらためて確認できます。

 

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  • Author:tsukiji-okami