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森一族VS大和屋助五郎(その4)

綿花の大産地である大和郡山で財をなして、上京してきた大和屋助五郎は、「活鯛」((いけたい)という新しい流通システムで、森一族の問屋を駆逐していきます。

中沢新一先生です。

「手練手管をつくして、幕府から「納魚請負人」を仰せつかるにいたった大和屋助五郎は、おりからの消費ムードにのって、鯛を活きたまま産地から日本橋まで運んでくる、クール宅急便ならぬ「活鯛」の商売で、おおいに名を挙げた。

大和屋助五郎の開発した流通システムは、森一族の問屋とは、真反対の考え方によっていた。産地から消費までを、多様な問屋など介在させないで、単一の「ヤマトヤシステム」で統一し、いったん儲けを独占したうえで、システムの構成員にお給金を払っていくやり方である。

十八世紀の前半期には、大和屋は絶頂期を迎えていた。伝統的な流通システムによる森一族の問屋は、以前の光をすっかり失い、魚河岸に数ある問屋群の中に埋没しかかっていた。活鯛を扱う他の商人たちの中でも、大和屋の威光にかなうものはなく、幕府の「活鯛納人」ならびに「納魚請負人」の地位を、ほとんど独り占めするにいたった。」

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  • Author:tsukiji-okami