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江戸っ子の心意気

中沢新一先生です。

「日本橋に魚河岸を開いたのは、佃島を彼らの王国とする森孫右衛門(もりまごえもん)の一族であり、その海民の心性、習俗、心意気、独特な思考法などが、その後の魚河岸の中に、強力な伝統として生き続けた。しかも話は魚河岸の中に止まらないで、その伝統は江戸の下町に住むいわゆる「江戸っ子」の心意気や習俗の形成にも、大きな影響を与えている。江戸っ子にはどこか海民的なところを感じるが、その海民的な風は、じつは佃島から吹き寄せていた。

そしてその伝統は、今日の築地市場にまで、消えることのない残響を響かせ続けている。魚河岸文化の本質を考えるとき、江戸湾に浮かぶ小さな点のような佃島が、じつに大きな存在感をもっている。佃島には、二千年を超える日本列島の海民文化が、層をなして堆積している。その文化の堆積物が、江戸と東京に向けて、海民的野生の風を送り続けてきたのである。」

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  • Author:tsukiji-okami