お知らせ

佃島

豊臣方が完全に滅亡するのを見届けると、森孫右衛門は本格的に江戸移住へ向けて動き出します。

中沢新一先生です。

「かつてここは、「点を打ったる佃島」と呼ばれたように、江戸湾にぽつんと浮かぶ、小さな干潟島だったのである。隅田川デルタに堆積した砂がつくりあげたこの干潟島に、江戸時代のはじめ頃、森孫右衛門に率いられて、摂津の佃村と大和田村から移住してきた漁民によって、白魚漁の拠点が築かれた。このささやかな出来事こそ、今日まで続く築地市場の、歴史的原点にほかならない。

この小島が生んだ文化と人材が、その後の江戸の庶民文化の形成に、大きな役割を果たした。江戸の食文化も、江戸っ子の心意気も、すべてがその小島の伝統と関係している。その意味で、この小さな点のような島は、日本の文化伝統にとって、多産な女王蜂のような働きをした。」

 

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  • Author:tsukiji-okami