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大坂夏の陣

中沢新一先生です。

「大坂夏の陣がはじまったあとも、彼らは(森孫右衛門一党)あいかわらず「御魚御用」の旗を立てて、湾内の諜報活動や兵士の輸送作業を続けた。そういう彼らが豊臣方商人のふりをして、城内に深く入り込むことも難しくはなかったろう。落城を前にした城内には、おびただしい数の大坂庶民も、武器を手にして立て籠っていたからである。城内は混乱をきわめていた。そんなおり、お城の台所が放火され、みるみる火の手は大阪城全体に広がっていった。

この放火事件をめぐっては、さまざまな憶測がささやかれてきたが、放火の張本人は、台所に出入りもできたはずの森孫右衛門の一党にちがいないという噂が、いつまでもささやかれ続けた。大坂の陣の後の、この一族の江戸におけるめざましい発展ぶりを見ると、そんなことがあってもおかしくはあるまいと思わせるものがあったからである。」

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  • Author:tsukiji-okami