お知らせ

石山合戦

石山本願寺は、信長によって1574年の長島の一向一揆を潰され、1575年の越前の一向一揆も潰されるなどして、次第に追い詰められていきます。

さらに織田信長は、大坂の周辺に、尼崎城、大和田城、吹田城などの10ヶ所の築城を命じ、石山本願寺に対する兵糧攻めに入ります。

それに加えて1578年には、同盟関係にあった毛利水軍も織田信長に敗れ、制海権が奪われ、石山本願寺は厳しい籠城戦を強いられることになります。

その後、1580年に正親町天皇の調停で双方の和議が成立して、石山本願寺を明け渡すことになります。

石山本願寺は、織田信長の長期の攻撃にもかかわらず、武力で開城される事はありませんでした。1578年から1580までの間、外からの補給なしで耐え続けたことは、日本の歴史上他に類がなく、特筆に値する事です。

追記、青淵さんお久し振りです。連絡ありがとうございました。確か去年の夏頃にもおすすめしていただきました。石山合戦を描いた司馬遼太郎の「尻くらえ孫市」、私も今度参照させていただきます。

  • Category:
  • Author:tsukiji-okami